お客様の心をつかむ 心理ロイヤルティマーケティング

はじめに

 

サービス品質の改善や顧客満足向上をコンサルティングしていると、経営者から単刀直入な質問を受けることがあります。

 

「で、渡部さん、それやれば、なんぼ儲かんねん?」

 

筆者は、このような経営者に対し、彼らが「サービス品質の向上」や「顧客満足の向上」を論理的に理解し、心から納得して、その実現に向けて努力してもらうために、様々な方法論を磨いてきました。本書は、現時点におけるそうした方法の集大成です。

 

多くの経営者は、「顧客第一」や「顧客志向」や「顧客にファンになってもらう」などの顧客満足の向上に関わる事業方針を掲げています。それをお題目に終わらせずに積極的に努力し、好業績をあげている企業が存在します。

 

またイノベーションによる新規事業の創造にも強い関心を持っています。その一方、既存事業の成長や既存顧客の満足向上には、具体的な戦略や戦術を合わせていない経営者も多くみられます。こうした企業は、年初の所信表明で、中身のない「顧客第一」の方針を高らかに語っているのが実態です。

 

本書では、顧客と企業や商品との心理的な関係性、また顧客体験を見える化し、収益向上を実現するための科学的な考え方やフレームワークをまとめています。これらを科学的に解析するための定量的な根拠となるデータは、顧客からの信頼性の高いアンケートをベースにしています。顧客が企業との接点で嫌な思いをしたり、良いと思ったりしたことにチェックしてもらう体験チェック方式のアンケートを実践することで、顧客体験の網羅性と正確性を向上させています。つまり、顧客プロファイルや購買データやWEBアクセス履歴といったデジタルで把握が容易な顧客行動データに加えて、その行動に至った心理や行動した結果の顧客の感情といった顧客体験を大切なデータの根拠としているのです。

 

1990年の後半からCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)という言葉が登場し、ベンダーと顧客との関係性を強化し、収益を向上させる経営手法として注目されました。そしてITベンダーからはCRMのソリューション商品が数多く登場しました。筆者も1995年頃からITベンダーにおいて、顧客管理ソフトウェアやコンタクトセンター関連の商品のマーケティング業務を担当し、米国の最新の考え方やソリューション商品に大いに刺激を受けたことを覚えています。

 

このような既存顧客との長いつきあいを大切にする考え方は、もともと日本社会に馴染み深いものであり、いまさら米国企業に教えてもらう必要はありません。しかしながら、米国はそうした考え方をフレームワーク化し、定量的に証明することが得意です。たとえば、既存顧客を大切にすることの重要さを定量的に検証し、「新規顧客の獲得コストは既存顧客の維持コストの5倍かかる」という1対5の法則や、「顧客離れを5%改善すれば、利益が最低でも25%改善される」という5対25の法則がキーワードとなり、納得感があるものでした。近年ではクラウド事業において既存顧客の離反防止の方法論として、カスタマーサクセスという考え方を生み出し、カスタマーサクセス・マネージャーというトレンディな職種を誕生させています。

 

米国発の考え方や方法論は、当たり前のことをそれらしく表現しているだけのことも多いのですが、新しい用語を生み出して注目させ、あるいはフレームワーク化して万人に分かりやすくするなど、大いに参考になることもあります。

 

筆者は2000年に、CRM系のITソリューションのマーケティング担当を卒業して、CRMエリアの業務コンサルタントになりました。そして今日まで、数多くのコンサルティングを実施し、米国発の数多くの新しい考え方やフレームワークに触れてきました。そうした経験を通して、「それで、なんぼ儲かんねん?」という殺し文句に対抗する、重要なキーワードを発見しました。

 

それが、「心理ロイヤルティ」です。

 

顧客満足と収益を結ぶ重要なキーワードがロイヤルティです。ロイヤルティには、「経済ロイヤルティ」「行動ロイヤルティ」「心理ロイヤルティ」の三つがあります。とくにロイヤルティマネジメントでは、お客様の企業や商品への愛着度合いである心理ロイヤルティに着目することが肝要です。心理ロイヤルティを高めると、それが行動ロイヤルティに影響を及ぼし、さらにそれが経済ロイヤルティを高め、収益に貢献するのです。心理ロイヤルティは、お客様と企業や商品との接点での満足から成り立っています。これを、ロイヤルティを高める要因、すなわちロイヤルティドライバーと呼びます。さらにそのロイヤルティドライバーの満足には、論理的な「頭の満足」と、感情的な「心の満足」の二つが存在し、とくに「心の満足」はロイヤルティに大きな影響を与えます。

 

本書は、ロイヤルティを向上させる論理を構造化、定量化し、分かりやすく解説します。新しい試みとして、ロイヤルティドライバーの「心の満足」を定量化しました。また、「心の満足」に好影響を与える体験を「感動体験」、悪影響を与える体験を「落胆体験」と名付け、これらも定量化しました。つまり、お客様の心に響き、心理ロイヤルティに影響を与える要因を定量化したのです。

 

昨今、お客様と企業の新しいWin&Winモデルとして、製品やサービスの購入ではなく、利用に代金を支払うサブスクリプション・モデルが広がりつつあります。このビジネスモデルでは、新規顧客の獲得よりも、サブスクライブ(会員登録)したお客様の離反をどう防止するかが収益を大きく左右します。このため、従来のマーケティングの施策とは異なり、ロイヤルティの向上がビジネスの最大の成功要因となります。

 

本書で紹介するフレームワークは、お客様のロイヤルティを構造化し、見える化することで、有効な施策立案につなぐことができます。

 

また、カスタマージャーニーを題材としたセミナーやワークショップが盛んに行われ、それに関する書籍も数多く出回っています。社員自身が自社のお客様の立場で、どんな顧客体験をされているのか、価値ある体験をつくるためにどんな施策が有効なのかを洗い出してまとめていくことは、顧客志向を根付かせるためには素晴らしいことです。しかし、そこでアウトプットされたカスタマージャーニーは、必ずしも適切な施策につながっていないのではないかという疑問を抱いています。すなわち、「カスタマージャーニーをアウトプットする活動は有意義だが、アウトプットしたものは効果的に使えていない」ということです。

 

筆者が属している研究会では、現状の問題点は、

「カスタマージャーニーが絵に描いた餅状態で、施策立案に有効に活用されていない」

 

ことであると考えています。具体的には次の三点です。

 

カスタマージャーニーへの取り組みが本来の目的を忘れ、販促活動の施策への取り組みになってしまっている。

作成されたカスタマージャーニーに顧客体験の網羅性と定量的な裏付けがないため、

関係者を動かす説得力がない。

カスタマージャーニーのPDCAサイクルが効果的に回っていない。

 

本書では、この3つの問題点への対策案を提示します。ロイヤルティマネジメントを実現してくれるカスタマージャーニーという素晴らしい考え方が、単なるバズワードとして消え去ってしまわないようにしたいと思います。

 

本書は、筆者が日頃のコンサルティングで積み上げてきた知見をベースにしています。したがって、机上の理論ではなく現場で積み上げた、実務に役に立つ方法論として仕上げています。また、本書の主要テーマであるカスタマージャーニーへの取り組みは、科学的にサービスを解明しつつあるサービスサイエンスの適用が成功のカギとなっています。サービスサイエンスの日本の第一人者である諏訪良武氏には本書を監修していただき、信憑性を担保していただきました。

 

諏訪氏が上梓された『顧客はサービスを買っている』(ダイヤモンド社)は、サービスサイエンスの定番テキストとなっており、10年以上も読まれ続けています。諏訪氏が指導されている情報処理学会のサービスサイエンスフォーラムにおいては、各企業の実務メンバーを交えてカスタマージャーニーの研究活動を続けており、その実務的ノウハウや具体的な事例は、本書が提唱する方法論の実用性と信頼性を高めてくれています。米国発の考え方や方法論には新たな発見が多いのですが、具体性に欠けていたり、日本の事業環境になじまなかったりするケースがあります。本書では、米国発の方法論を単純に展開するのではなく、現場で実践し、現場の知見を積み上げたものを実際の事例を通して分かりやすく解説しています。

 

本書で紹介するロイヤルティマネジメントは、利便性向上を中心に単純な顧客満足を追求する、「やみくもCS経営」ではなく、あるいは、おもてなしがすべてといった感動体験だけを目ざす「やみくも感動体験経営」でもない、科学的にロイヤルティを向上させる経営スタイルを目ざしています。そして、ロイヤルティマネジメントを実践するために有効なツールが見える化されたカスタマージャーニーなのです。 

 

本書を読むと、経営者は、ロイヤルティマネジメントが企業収益の永続的な向上に有効であることを論理的に、また心から納得いただけます。顧客接点の現場で奮闘されているマネージャーは、カスタマージャーニーを中心としたロイヤルティマネジメントの具体的な方法論を習得いただけます。

 

 

本書を通じて、微力ながら企業の経営者や実務者のお役にたてれば幸いです。


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